ミニマリスト-手をとって

生まれた時と死ぬ時は何も持っていない

強迫性障害の克服

大丈夫。心配しなくていい。何も怖くないよ。


昔からこんな言葉を誰かに言って欲しいって思ってました


今でも思ってます

誰かにそんな事を言われたら
きっと落ち着いて目を閉じてしまうと思う
(キスの話ではありません〝笑〟)


きっと男性に言われたら惚れますね

女性に言われたら友達になりますね

でもやっぱり、母や父に言われたい

まぁ、ありえませんが〝笑〟

私には母と一緒に寝た記憶がありません

5歳の頃には子供部屋の二段ベッドで
1人で寝てた記憶があります

寂しいって思った事はありませんでした

でもここ数年、異常にそれが引っかかる

なんか、あたしをすごく縛ってるような
なんとゆうかすごく苦しめる


一緒に寝た記憶がない

ただそれだけなのに、何が引っかかる?

それが自分でもわからないんです

きっと寂しかったのだろう本当は。


寂しくないふり、怖くないふり、痛くないふり、悲しくないふり、楽しいふり、面白いふり、わからないふり
いわゆる良い子のふりが得意なんです

だから慣れ過ぎちゃって寂しいって感情が
わからなかったのかもしれない



話が逸れてしまった


強迫性障害を克服するのに1番有効な方法は
強迫行為をしない事です

我慢する事

強迫観念に襲われてもそれを打ち消す為に
行なっている強迫観念を我慢してしない事、だそうです


これの効果は私自身すごく効果がある事だと思っています


ですがその強迫行為を我慢する

これがそもそもとても難しい

私も何度も挑戦してますがそう簡単ではありません

簡単ならすぐ治る疾患になってしまいます

強迫性障害
なかなか治るのが難しいとされています

薬に頼っても、その場限りだからです

やはり重要なのは自分が自分をコントロールする力

強迫行為を我慢するとゆう制御力です



犯罪行為はなぜ普通の人ならしないか

それは、人を傷つけてはいけないとゆう理性が働くから

そして、捕まるとゆう恐怖です

だから人は人を恨んでも、犯罪行為に当たる行為は
自分で制御します



ですが強迫性障害にはそれがありません

人を傷つける事もなければ、犯罪行為でもありません


その強迫行為をすると人生終わるよ?とはならない

だから制御が難しい



強迫性障害は結局の所、根っこの根っこを見れば
不安感からきてます


ならば、安心できれば変わるかもしれない


その安心はどうしたらうまれるのか

誰かに、大丈夫だよ、心配しなくていい、何も怖くないよ

そう言われれば安心するのか

するかもしれない

でも自分でどうにかしないと本当の克服には辿り着かない


なら自分で自分に言ってあげるしかない


最近手を洗いながら心の中で唱えてます

大丈夫だよ、心配する事なんてなにもない、何も怖くないよ

そう、自分に話しかけるようにして唱えてます
ポイントは何度も何度も自分に話しかける事、続けていく事です

成果は?、、、うーんまぁまぁですね

悪くはないけどー私には完璧に合うものではないです


ただ、悪くはないです本当に


この方法が合う人がもしかしたらいるかもしれない

そう思って今日記事にしてみました


いつかこのブログで、克服出来ました!

って言える日を心待ちにして戦っていきたいと思います



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